自分史 第27話 第二章 ちょっと寄り道して 君住む街へ

なし
初めて乗りたい車に乗る

息子の野球三昧の高校時代も、夏の大会が終われば大学受験が待っている。

さすがに本人も焦ったのだろうか…

夏の大会が終わるとすぐ、「夏休みに塾に行く」言い自ら勉強体制に入った。

何か目指すものがあるのか…

 

でも、それまでほとんど勉強している姿は見たことがない。

時々、遅くまでがんばってるなと部屋をのぞくと、

マンガを読んでいるか、F1を見ているか・・・。

よく見ていたのが「世界の車窓から」という5分くらいの番組。

これ、好きなんだよね~っとか言っている。

私は可笑しかった。

のんきなヤツ。

 

とはいえ夏休みが終わるといよいよ志望大学の選定に入る。

どうやら、学部を選ばなければ地元私立大学の指定校推薦ももらえるようだ。

親としては

「いいじゃん、そこでも、学部はどうであれ、○○大学卒っていうのには変わらないよ」

と親はさっさと受験が終わってほしいので気軽に言ってみると、彼は

「行かない」の一言。

どうやら行く先を決めていたようだった。

 

聞けば、得意な英語だけで勝負するらしい。

指定校推薦とは別に公募制推薦入学というのがあるらしい。

受験科目は英語のみ、

楽して受験できるところを探したようだ。

試験日は一般よりもかなり早い、11月。

私は彼が勉強しいてる姿を初めて見た、といっても過言ではないかも。

ただし、1か月。人生の1か月。

 

彼が頑張っている間、実は私もひとつの資格を取ろうと思ってがんばってみた。

これまた1か月だけ。

 

何かというと、その頃、2005年の秋頃。

私は自分で会社を立ち上げる準備にかかっていた。

それまでの印刷会社が苦手とする「企画」の部分をする会社だ。

といっても私には知識はない、ただし感性はある。

ロジカルな裏付けが欲しかったので、プロモーショナルマーケッターという資格に

挑戦していた。

この試験も11月。

黙々と勉強する親子の1か月が瞬く間に流れ、いよいよお互い受験の時。

彼は関西方面の大学を2校受験。

私は受験のために東京まで。

後は人事を尽くして天命を待つのみ。

待つことおよそ1か月…

そして結果発表!

 

おめでとうございます。

息子は受験した学校すべてに合格し、

私も資格取得。

センター試験もせず、3学期は悠々自適の登校で、

我が家は一足早く春を迎えることになった。

一安心。

 

次の春から京都に行くことになった息子。

どうやら私の子育ては、ここまでみたい。

あとの役目は仕送りだけか…。

私はというと、いよいよ起業へ。

ほんとにできるのか、迷って悩んで、いろいろセミナーにも出た。

最後に背中を押してくれたのは藤村正宏主宰エクスマでの学びと

藤村氏の言葉。

「ビジネスとは愛を届けること」の一言。

 

そっかー、そうなのねー、それなら私にもできるかも。

と、今までどんなセミナーに出ても不安が募るばかりだったし、

腑に落ちなかったのに、たった一言で落ちた。

ビジネスとは、私が思っていた難しい、重いものと捉えることはなかった。

私のできることだった。

「愛を届ける」

今でも、この真理は変わっていない。

 

ということで、

2006年2月HIME企画設立となる。

子育てを卒業して、私は少しずつやりたいことを始めていた。

ずっと乗りたかった車ロードスターを手に入れたのもこの頃である。

初めて乗りたい車に乗る

初めて乗りたい車に乗る

愛車ロードスター

愛車ロードスター

 

 


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