自分史 番外編

自分の歴史
人選の先輩の愛したピース

2013年11月下旬、会社のイベントが終わったので、

社長とお疲れさま会をした。

鉄板焼きでちょっと贅沢なお食事。

鉄板を囲ってカウンターになった席の隣の角には

私たちよりちょっと先輩の紳士がお二人。

元気なおしゃべりだったので、否応なしに耳に入ってきた。

 

隣の紳士が吸っていた煙草がピース。

両切ピースだった。

その小さな小箱は、私にとってはとても懐かしかった。

父が吸っていた煙草。

私は思わず、

「ピースですね、懐かしいわ」

と声をかけた。

すると、隣の元気な老人は、

「ピースを知っているか、そうかそうか」

とにこやかに言葉を返してくださった。

ここから会話がはじまり、その老人紳士二人と私たち二人は

一緒に食事をしながら楽しい会話が始まった。

人選の先輩の愛したピース

人選の先輩の愛したピース

聞くと、もう一人の紳士は弁護士さん。

隣の元気な紳士は80才にして現役社長。

高校時代からの同級生という。

初めてお会いしたのに、酒の力も借りて話が進んだ。

 

その現役社長…実は一昨年、実の息子さんに先立たれた。、

社長を譲って自分は会長になった矢先だったらしい。

そこで、仕方なく社長に返り咲いたということだった。

さぞかし悲しかったろうと、その笑顔の向こうの淋しさをみる。

 

その時から、私はそのお二人とお付き合いをすることになった。

お仕事をいただいたり、現役社長には再三お食事に誘っていただいたり、

ブルーノートや歌舞伎のお誘いもあった。

経営のみでなく、食べることも飲むことも大好き。

そしてジャズから始まって、音楽をこよなく愛していた。

そして、とある歌舞伎役者の谷町(無料スポンサー)でもあった。

文化芸能にもいそしみ、美味しいものに惜しげもなくお金を出し、

土日はゴルフ…そして、女性も好き。

絵に描いたようなバンカラ、ハイカラ経営者だと思った。

 

私もなぜか彼の気に入っていただき、

「由美、お前も仲間だ」と言って寵愛…そうこの言葉が合っている気がする。

寵愛を受けた。

お食事の時は、彼の愛人、クラブのママ、そして私、

みたいなメンバーでお誘いいただいた。。

「信じる者は自分だけ」と言っていても

淋しがり屋だったのだと思う…

いつも誰かを呼んで楽しく時間を過ごす。

仕事をご一緒すれば、

「お前の仕事は男みたいだ」と、私にとっては

最高のお言葉をいただいたりしていた。

 

その、現役社長が今年、3月13日に亡くなった。

その知らせも一週間後に届いた。

私と6日の日に一緒にお食事に行こうとお誘いがあったのに、

その日は風を引いたと彼女から連絡があり、キャンセルになって

心配していた矢先だった。

どうやら、半年前に肺腺癌を宣告されていたようだ。

夏ごろから入退院していたということだったが、

まったく分からなかった。

要するに、他人に合う時はいたって元気なフリをしていたわけだ。

 

80の傘寿のお祝いをブルーノードで盛大にされた時、

いろいろお手伝いをさせていただいた。

米寿の祝いもやろうな、と言っていた。

最近は、東京にも進出したいなと野望も果てしなかった。

 

いつ逝くかもしれないわが身を知って、

常に、いつも前を向いていた。

少なくとも他人の前では。

 

愛人である彼女に聞くと、死ぬ一週間前は、

「怖い、苦しい」と夜中に呼び出されたそうだ。

 

まだまだ、死にたくなかったと思う。

葬式もしない。社員にも亡くなるまで知らせない。

本人の遺言だったようだ。

カッコいいな、死んでもカッコイイなんて・・・。

 

私は、訃報を知って、しばらくボー・・・っとしていた。

私を愛してくださった方を亡くしたことも大きいが、

人生の先輩の生き様は、もう少し見ていたかった。

 

お別れのご挨拶に彼のいた会社の部屋におじゃました。

いつものようにジャズが流れ、ピースが並んでいた。

 

あなたに旨し酒と音楽を~♪

 

今年の桜のように長く長く咲き…

そして最高の散り方を見せてくれた、

人生の大先輩、安らかに…

いえいえ、どこまで行ってもやんちゃでいたください。

しばらく、

さよなら。

 

このお洋服は、今度のお食事をご一緒する時に来ていこうと思ってい

たワンピース。

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お別れのお洋服になってしまった。

彼はいつもブラックスーツにピカピカのフェラガモの靴。

私も負けないようにおオシャレしてきましたよ。

 


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