自分史 第25話 第二章 ちょっと寄り道して 君住む街へ

なし
中学卒業式

息子は小学校を卒業、そのまま地元公立中学に進む。

野球部がなかったので、やむなく学校ではハンドボール部に入る。

なぜか、そこで活躍するのだが、やっぱり野球がやりたいらしく、

少年野球をやっていたメンバーが多く在籍するクラブチームに入った

ただ、さすがに部活とクラブチームの掛け持ちは難しい。

クラブチームは土日の練習と、週に一度は夜練習があった

よってハンドボール部の先生には惜しまれながら、

彼はクラブチームに専念することになる。

 

そのクラブチームのレベルは高く、

レギュラーを取るのは至難の技。

人気のクラブチームは総勢40人くらいで、

3チームあった。

彼はBチーム、花形Aチームとは格段の差。

 

そして野球というのは、小学校の少年野球でもそうだったが

やっぱり年功序列が厳しい。

子ども達もさることながら、親ももちろん。

ここでもやっぱりお茶当番と練習の応援。

私としては、3年間の辛抱…

と自分に言い聞かせてグランドまで出かけていた。

 

ある時、驚いたことがあった。

「鳥原さーん、監督におしぼり届けて」と言われた。

1年生の母だもの、さっさと動かねばと思い

「はーい、よろこんで」みたいな感じでお盆にのったおしぼりを持って

グランドを走った。

ところが、戻ってくると変な空気・・・。

「鳥さんだめよ、グランドに入ったら」

「?」

選手や監督以外はグランドに入っちゃだめ、と言われた。

知りませんでした。ごめんなさい。

神聖な場を汚してはならないということらしい。

特に女性が入っていくなんて、あり得ないらしい。

な、なんという社会…ここは土俵か。

私は、最短距離でグランドを突っ切っただけなのに…と思ったが、

郷に入れば郷に従う、のである。

 

そしてこのクラブチームでは、子どもはよく殴られる。

今の時代、パワハラとか言ってうるさそうだが、

ここでは親の目の前でも思いっきり引っぱたかれる。

初め私はその光景にはちょっとひいたけど、

子ども達は殴られても納得なのか、頭をペコリと下げる。

 

後で息子に聞いた話だか、かなり理不尽なこともあったそうだ。

でも、後々その理不尽さだったり、

先輩後輩のきっちりした礼儀正しさを身に付けたことが、

いわゆる体育会系のスピリットを作り上げ、

社会に出てからも大いに役立つことになる。

 

暑い日も、寒い日も野球にあけくれ、夏休みの大会が終わるとやっと野球から解放される。

親もほっと一息。

卒団式

卒団式

 

監督と最後の握手

監督と最後の握手

というのも束の間、

当然塾に通う暇もなく、勉強もほとんどしてこなかった。

高校入試が見えてきた頃、ちよっと焦る。

駆け込み寺のように塾に入れてみた。

もう、時すでに遅し、な感じがしたけど、

個人指導をする塾で、何とか「勉強する」ことを学ぶ。

 

公立高校は複合選抜とかいう方式で、合格したらペアになった2つの学校の

どちらかに行くということになっていた。

彼が選んだのは、公立高校でも比較的野球が強い2校。

親としては、家から近い方がいいな、と思っていたし

本人もそこに行けると思っていたらしい。

 

が、結果は残念ながら、家から自転車で1時間近くかかる遠い学校。

結果発表の日、私が家に戻ると珍しく悔し涙を流していた姿を

よく覚えている。

 

中学卒業式

中学卒業式

野球に明け暮れた中学生活だったけど、無事大過なく卒業。

 

さて、望んではいなかった遠い高校、

同じ中学からは誰も行かない高校生活は

何が待ち受けているのでしょうか

 


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