自分史 第20話 第二章 ちょっと寄り道して 君住む街へ

なし
妊娠6カ月くらい、希少なマタニティ姿

結婚してすぐ私は29歳になり、自分でも30歳までには子どもが欲しいなあと思っていたので、

結婚して1年経っても子どもを授からなかったことにちょっと不安になった。

 

なにしろ、今は35歳まではよさそうだけど、当時は30歳以上の出産は丸高といって

高齢出産で要注意の烙印を押される。

年齢とともに、出産に関わるリスクが増えるわけだ。

 

子どもって欲しくない時にはできちゃったり、欲しい時にはできなかったり・・・。

射精したら単純に妊娠すると思っている男性もいらっしゃるらしいが、

不妊の原因は男女双方にある場合も多いので、これは夫婦で受診するのがベター。

今は晩婚化が進んで、以前よりも不妊に悩む夫婦も多いようだが、

当時も不妊治療の患者さんは多かった。

 

検査の結果は、お互い不完全・・・

私の卵管は片方詰まっているし、精子の方は元気だけどやや数不足。

なるほど…

これでは、妊娠の確立が下がるわけだ

よって、治療となった。

 

まずは私の卵管の詰まりをなくして・・・

毎日体温を測り、排卵誘発剤を飲んだり・・・。

あの当時五つ子ちゃんとか誕生していたけど、多分それも排卵誘発剤のなせる技。

そうやって自然に妊娠すればいいのだが、なかなかうまくいかない。

精子を人工的に卵子に届ける人工授精も試みた。

 

そんな治療中のできごと。

当時私たちは、不妊治療で有名な○○○産婦人科に通っていた。

先生は時々入れ替わるのだか、ある日その先生が

「由美さん・・・、ひょっとして、横須賀高校の」

私「?」

先生「ボク…Aです、1年上の」

私「えっ・・・」

もう10年も前のこと、私は頭の中をぐるぐる巡らした。

 

思い出した! ひょっとして…

1年上の先輩、確か医大に合格したあと、

高校3年の私をデートに誘った彼だ。

えんじ色のフェアレディZで迎えにきた彼だ。

え~!!! こんなところで会っちゃうなんて。

なんという神様のイタズラ。

その日は、定期的な人口受精の日。

その先生が私の子宮に精子を投入することになるのだ。

 

先生「ボクでいいんですか・・・」

私「は、はい。」

 

あー!、私、なんて無神経なヤツ。

最低。

ボクでいいんですか?の言葉の裏が分からないのか

この私。

 

その時は子どもが欲しい一心だったので、

私にとってはお医者さまはお医者さまにしか見えない。

私は彼の心情を忖度できなかったわけで。

今思えば、ひどいこと・・・

(好きだった人に、自分の手で人工授精を行う・・・

って、自分の前で足を広げて・・・)

をさせた。

その先生とは、それから会うことはなかった。

ごめんなさい。

 

ただ、それも妊娠には及ばす、結局

排卵誘発剤を服用し、ここぞという日の挑戦。

酔っぱらって帰ってこようが、疲れていようが、

容赦ない日にち指定の男の仕事。ご苦労様です

 

1987年の年の瀬。

妊娠です!

この一言が聞きたくて通い詰めた1年強だった。

 

ただ、同時に切迫流産ということで、絶対安静。

安定期にはいるまで私は家でゴロゴロ三昧。

やっと春近い頃には会社にも出勤し、外出もし、

子どもが生まれてくるのを心待ちにした。

 

妊娠6カ月くらい、希少なマタニティ姿

妊娠6カ月くらい、希少なマタニティ姿

その頃、まだ旦那様は中学の先生。

出産予定日はちゃんと夏休み、8月28日だった。

 

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妊娠するのも大変だったか、出産もまた私には修羅場だった。

 


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