自分史 第12話 第二章 ちょっと寄り道して 君住む街へ

自分の歴史
放課にはこどもと遊んだ

4年2組・・・先生1年生の私はとにかく一生懸命だったと思う。

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放課には子どもたちと遊んだ

はじめての担任がいわく付の学年。

ちょっとでも手を抜けば、見透かされてしまいそうな怖さもあったのかもしれない。

よって、なめられてはいけないと思い、時に厳しかった。

今だったら、教育委員会に訴えられそうだが、平気で子どもたちを殴っていた。

暴力教師…というよりは、言うことを聞かなきゃ体罰というのは、

その頃の先生は当たり前。バットや竹刀を持って歩く先生もいた。

私は廊下に追い出したこともあったし、平手は痛いから、と言って4人くらい並べて

履いていたスリッパで顔をビシャッ、ビシャッとやったこともあった。

実は後で親が何か言ってくるのではと心配していたが、

その頃の親は教師に対する信頼も理解もあったと思う。

何も言われずホッとした。

 

この4年2組の中に、最近35年以上の時を経て再会した子もいた。

彼のお母さんは当時の自分とさほど年齢も変わらず、若くかわいいお母さんだったのが印象的。

そしてその彼に聞いたのだが、この4年2組の教え子の中に、

名古屋○○座の社長になった子がいたのには驚いた。

殴られちゃった子たちも、ずいぶん頼もしく成長したのは嬉しい。

 

そしてこの学年、私は6年生までお付き合いをした。

思えば男子がいたずらっ子だった。

次の年5年2組もまた、最高の歓迎を受けた。

 

教室の扉を開ける。

と、黒板消しが降ってくる。

なんて古典的、かつカワイイ歓迎・・・

となれば、次の仕掛けもおよそ予想はつく。

椅子の上に画びょう。

驚きつつも、まあまあ微笑ましいいたずらに私は笑ってやり過ごした。

日々、こんな繰り返してはあったが、一番大声を上げてしまったのは、

「先生、先生、これ見て」と呼ばれて、その子の引き出しの中から登場したのが、

大きな食用カエルらしきカエルを見た時。

窮屈そうにカエルが引き出しに納まっていた。

子どもたちは私のキャー!が嬉しくてしようがない。

キャーと言って、その後はどうしたか覚えていないが、

その後も彼はヘビとも一緒に登校してきた。

いじめの標的は私だ。

 

5年2組は最強で、授業が始まり職員室を出て、自分のクラスを窓越しに眺めながら向かう時、

いつも教室中大混乱、席を立って大騒ぎのクラスを、まず静めることから始まった。

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職員室の自分

2年目のジンクス・・・

私は先輩の女性教師からも目を付けられ、

体育のジャージが白いから下着が透けている、とか着ているものがどーとか、

上の先生に告げ口され、呼び出される。

それが子どもの教育になんの関係があるんじゃ、

と悔しくで家で泣いたこともあった。

新聞を広げて転職コーナーをのぞき、辞めてやる、

とも思った教師2年目だった。

 


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