自分史 第9話 第一章 生まれた街で 浪人生活~愛知教育大学 

自分の歴史

浪人生活の夏頃から河合塾には行かず、どこへ行ったかというと。

小学校の時、絵を教えてもらっていた先生の所へ通った。

入試まで半年。絵は好きだったけど、中学、高校と授業で描いていた程度。

たった半年でどこまでいけるかが自分と時間との戦い。

 

とはいうものの、描くことは好きだったからさほど苦にならない。

それに受験勉強と同じで過去問が分かる。

学科試験はまず大丈夫と思っていた。

当時から学科試験が重要視されないのが、芸大系のいいところ。

目標は高く、愛知県立芸術大学の油絵を目指す。

そして確実なところで愛知教育大学美術科。

県芸の一次試験は石こうデッサン。

ここで通過しなければ、次はない。

愛知教育大学は学科試験と実技試験と両方で評価される。

教育大の学科は大丈夫と思っていたので、「水彩で静物を描く」という実技試験の練習ばかりしていた。

石こうデッサン、水彩画、石こうデッサン、水彩画・・・の日々。

 

結果は受験の前からほぼ自分の中で分かっていた。

半年しか入試用の勉強をしなかった私、県芸に受かっては申し訳ない…。

私は芸術系の大学を3校受験し、結局愛知教育大学に入学。

 

当時は「教員養成学校」のイメージが強かったと思うが、

他の科はともかく、この美術科は、教員にならない、

いや、なれない学生も多いらしく、ゆるーい感じを醸し出している科だった。

美術科ならではの専門科目はとても楽しかった。

授業だけに留まらず、夏休みには希望で写真やシルクスクリーンといった

専門性の高い短期講習も行なわれていた。

、、

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大学の夏期講習で

この写真は、夏期講習の「写真」の時間に

友達の撮ってくれた振り向きざまのナイスショット?

今のようなデジタルカメラはなく、アナログなカメラでアングルも考えて

友達同志撮りあって、自分たちで現像までするという授業だった。

 

大学時代の写真は、なぜかほぼ見当たらず、この一枚が大学の象徴。

授業はそこそこまじめに出ていたが、部活もサークルも所属せず、

コンパのお誘いもお断り。

一浪していたせいか、周りの子たちがかわいく見えた。

 

大学時代の友達は学籍簿がたまたま近かった女子達。

なぜか先生にはまったくなりそうもないお嬢様たちと仲良くなった。

よって私も最小限大学に通い、電車通学は、時に全然違うところに私を運んでくれた。

 

その頃文化センターで社交ダンスなんかも習っていた。

出会いを求めていたわけではないが、なんかちょっと流行っていたから。

ただ、入ってみて驚いたのは、社交ダンスを習いにくる男子のねらいは、

女子に接近できることの場合も多いみたいで、ここでも二人の男子に声をかけられる。

ただ、このお年頃になると、ついてくるのが「結婚」という言葉。

私はまだ学生だよーと思いつつ、「結婚を前提に・・・」と言われるたびに

気持ちが冷めて、お付き合い終了となる。

 

でも、そろそろ家をでたいなーと思い始めていた。

 

 


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