自分史 第8話 第一章 生まれた街で 浪人生活~愛知教育大学  

自分の歴史

高校3年生、受験生。

なのだが、大いに高校生活を楽しんでしまった私は、すっかり勉強に出遅れた。

2年生頃には学年の半分くらいまで落っこちた。

何とかなるわ、と思っていた私は、畏れ多くも3年のクラス編成では国立理科系を目指すクラスにいた。

 

3年になって、付き合っていた一年年上の彼は東京の大学行った。

それでも、しばらくお付き合いをしていたような気がする。

東京の彼の下宿に行ったことを覚えている。

でも、メールも携帯電話もない時代、そうそう長くは続かず、自然消滅となる。

 

晴れて、これで私も受験勉強に打ち込めるかと思いきや、2年までの楽しんだツケ、

勉強の仕方もおぼつかない。

いつだったか物理で赤点(平均点の7割以下の点だったかな)を取ったら、

驚いた物理の先生が心配して、特別個人授業をしてくれた。

おかげで物理は好きになったけど、残念ながら成績には反映されず・・・

50人近いクラスのみんなは賢くみえた。ちなみにこの中で女子は3人だけだった。

女子3人だけの高校3年生

女子3人だけの高校3年生 中央が私

私は担任の先生の薦めた安全牌の大学は選ばず、

どこに行きたいという訳でも何になりたいというわけでもなく、

医学部も考えたけど、薬学部を受験し、すべて惨敗。

若干のショックの時期もあったが、とりあえず河合塾に学費を納めていただいた。

 

花の浪人生活がはじまった。

凝りもせず、再び国立理科系クラスへ。

医学部を目指す子たちも多い。

 

私はなんとここでも、席の近かった男子にお付き合いを申し込まれたが、

お互いそんなことしてる場合じゃないと気づいたか、

仲のいいお友達として切磋琢磨して塾通い。

ただ、この男子、後に素晴らしい姿になって私の前に現れることになるのだ。

 

塾通いも夏になる前頃から、何だか疑問を感じていた。

このまま、私はどこへ行く、何になる・・・?

もう、受験勉強から逃げたかったのかもしれない。

地元のミスコンに出たり、アマチュアカメラマンのモデルに応じたり、

フラフラして、少し肩で風切ってすかし始めた頃でもあった。

地元のミスコンに出たとき

地元のミスコンに出たとき

すかした その頃の私

すかした その頃の私

何をしたいか…何が好きか…

好きだった絵を、もう一度描きたいと思ったのは、浪人時代の夏頃だった。

私は予備校通いをぴたりとやめた。

そして小さい頃から絵を習っていた先生の所へ出向き、「芸大目指します!」

と言って黙々と絵を描き始めたのだった。

 


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