自分史 第7話 第一章 生まれた街で 「質実剛健」って

自分の歴史
女子3人だけの高校3年生

ほぼバレーボールという中学3年間の毎日の生活で、

その他の興味といえば、アンアンやノンノという雑誌を見ては

オシャレへの憧れ。

田舎ではなかなか手に入らない洋服は、近所のおばちゃんに作ってもらったりしていた。

3年生の頃にはコカ・コーラとチョコレートと紅茶に中毒のようになりながら、

一応受験勉強をしていたと思う。

3年生になると学校では朝の補講がありそのクラスが成績順になっていたこともあり、

1学年8クラスもあった3年生は、いやでも辛辣に受験の雰囲気をかもしだしていた。

ただ、私は兄も通っていた、家から一番近い県立横須賀高校に入れるつもりでいた。

今はそこそこ難しい高校という評価で、名門みたいな感じになっているのは卒業生としてありがたい。

 

そして予定通り愛知県立横須賀高校に入学。

高校入学当時まだ初々しい

高校入学当時まだ初々しい

「質実剛健 親切奉仕」という何やらとても硬い校碑をいつも横目で眺めながら教室へ向かった。

電車通学。30分程で到着してしまうけれど、中学時代、家から住宅街を抜け田畑だけを見ながら通学していた私は、

まるで「はじめての世の中」を見たようで通学途中は楽しく、満員電車さえも面白かった。

満員電車が面白い理由は、他にもあった。

なぜかというと『満員電車で君を見て・・・』みたいなラブレターを何通がいただいたからだ。

はじめは「えー!」高校生ってこんなの?

とドギマギしていたのだが、私はこんな「はじめての世の中」にるみるみ染まっていく。

他校の男子はちょっと敬遠し、私は1年生の分際で一年上の野球部の男子と付き合い始めた。

中学に引き続き、またしても野球部の方・・・縁がある。

そして私自身の部活はどうかというと、

中学時代、自分はそこそこ上手いと思っていたバレーボール部に入部。

が、6人制となり、回転レシーブを運動場のコートでさせられるのがいやで、おまけに

夏休みの合宿で走ってばかりという練習に耐えられず、たった4カ月で敢え無く退部。

かくして私は1年生から帰宅部となった。

 

1年生のクラスはこれまた、これが高校生?と思うようなクラスだった。

団塊の世代の後、しらけ世代と呼ばれ、学生運動には乗り遅れ、政治に関心が薄い私たちだったけれど、

クラスでは中原中也の詩を語ったり、遠藤周作の「沈黙」が課題図書だったりと、今までの私の世界とは各段と離れた文学的な要素もあるクラスだった。

その1年生の時同じクラスだった男子のひとりとその後、一度結婚することになるとは、その時は思ってもみなかった。

 

話は戻るが、高校時代に男子と付き合う女子はどうなるか・・・、

散々楽しく毎日を過ごしたわけだが、それと反比例して成績はどんどん落ちていく。

実は入学の時、私は女子のトップで入学していたらしいのだが、気が付けば真ん中あたり。

2年の時はクラスの女子同士も仲良しで、まさに「箸が転んでも楽しい年頃」だったので、

成績のことなど大して気にしていなかった。

高校2年 楽しくてしようがない毎日

高校2年 楽しくてしようがない毎日

ちょっと不良っぽい他校の女子や先輩に憧れ、スカートは長く、カバンはペチャンコ、

平気で遅刻もするどうしようもない子。

 

そして背伸びして大人になることにも憧れた私は、高校2年で初体験。

晴れて少女から女性へと目覚めていくのである

 


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