還暦を越えて 初めの一歩 第14話「若き経営者たち」

自分の歴史
平成元年初節句を迎えた息子と令和元年に初節句を迎える孫

最近青年会会議所の面々とお話をする機会が多かったり、次世代経営者とお会いする機会があったりしてとても感心することが多かった。

「今の若いもんは・・・」捨てたもんじゃないな、と改めて思ったのである。

その一人は青年会議所のメンバーでもあるが、名古屋では有名なうどん屋さんの後継者。

知り合ったのはSDGsがテーマのセミナーで、彼は講演者として話していた。

うどん屋の老舗とSDGsなんてかなかな結びつかないところだけど、もともと彼はお店を継ぐ前にバックパッカーそしてラッパーとして世界を旅していたらしく、例えば日本のうどんを世界に伝えるとか、ハラルフードとしてイスラム教徒の方にも食していただくとか……私のうどん屋の既成概念を越えて行動していた。

そんな彼のお店のことを知ったので、弊社の広報誌「ぷりんトーク」の特集でSDGsを組んでいたこともあり、取材に伺ったり、その後はメッセナゴヤで弊社社長の講演を聴いていただいたりして、先日のJCのイベントにもつながったのだ。

青年会議所のメンバーとしても忙しい日々のようだが、本業と兼ねながらも売上も伸ばしているのはその活動をうまく利用できているからだと思う。

飲食業界の新しい生き方。

 

そして、もう一人の若き経営者。

彼と私との接点はというと、ちょうど1年ほど前の私のブログにも登場した、私をとても可愛がってくださった社長のお孫さんだ。まさか1年前、その社長が亡くなるなんて思っていなかった私だったが、家族には知らされていたようだった。

生前、自分の息子に先立たれてしまって後継者をなくしてしまったその社長は、深い悲しみを隠して会長から社長に返り咲いていた、そんな時に私はお会いした。

今思えば、偶然の必然にお会いできた方だったと思う。たまたま隣の席で食事をされていた元気なおじさまに声をかけたのがきっかけだった。

その社長が孫に継がせようと思っているんだと言っていた、そのお孫さん。初めてお会いした時は大学を卒業して間もない時、会社に入ってすぐの頃だったと思う。

電材商社の老舗。その社長になることは分かっていたとしても突然の死、そして社長継承。

1年ぶりに彼に会うと、驚くことにすっかり社長らしくなっていた。

堂々としているとかいうのではなく、謙虚でありながら先代のDNAとでもいうのか、風格が備わっていた。

知識や常識を蓄えた若干26歳。どこで学んだのかというと、ほぼネット上からだという。YouTubeの研修風景やら、おすすめの本。YouTubeでは短時間で学べる良さがあるという。そしてダイエットにも成功している。

車には最低限しか乗らない、体も自分でセーブする、知識は自分から取りに行く。

自分の身の危険をさらすリスクを自ら減らす、それはすべては会社を守るためという。それはしいては自分を守るためなんだと思う。社長が亡くなってからの不安や恐れが、彼を強くしていた。

これからが楽しみなひとり。

 

いつだって若者は、柔軟で革新的で素直で真っすぐだ。

少し先に生きている私たちは、けっしてそれを邪魔してはいけない。彼らが望む良い方向にいけるように手助けするのが私たちの役目だと思う。

我社にもこれからの時代を担う後継者がいる。

前に書いた二人とはまた違うプレッシャーがかかっている。

私たちの業界は逆風だ。でもそれに向かうヨットのように、プレッシャーと向かい風を力にして前へ前へと進んでいけると思っている。

時代は平成から令和へ。

私の平成は決して平成ではなかったけど

「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つ・希望に満ち溢れた新しい時代を
切り開いていく」

そんな令和に流されてみたいと思う。どうか、この次世代、次々世代のためにも良き時代でありますように。

平成元年初節句を迎えた息子と令和元年に初節句を迎える孫

平成元年初節句を迎えた息子と令和元年に初節句を迎える孫


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